前回、猫ちゃんは、村人Aさんに食べれるのか食べれないのかと問われて困ってしまいました。 オイラなら 「 お前が勝手に残したんだから、自分で食うなり捨てるなり自由にやればいいべ 」で話は、終わるのですが、そこはそれ、ものしり猫ちゃんは、「 私が色々やってみましょうそのカビで白くなったお米を置いて行って下さい。」 ときたもんだ。
村人Aさんは、急に惜しくなっちゃったねぇ。「 猫さんが、そこまで言うのであれば、これはきっと食べれるに違いねぇ、オラがやってみるべぇ 」
そう思ったAさんは、猫ちゃんの申し出を丁重にお断りし、自分の家にもってかえって色々ためしたねぇ!
まずは、あらって食べてみた。だめだったねぇ。洗って、蒸してみた。これも、だめだった。
洗って、お米を加えて蒸してみた。
見事にだめだった。焼いてみたり、お湯にいれて煮てみたりしたが、どれもこれもだめだった。
「 こんだけやってだめなら何をやっても食えるわけはねぇ 」 そして、あきらめた。
こりないAさんは、数日もすると前に食べきれずに残して困ったことをすっかり忘れてまた白いカビがはえたご飯をおつくりになった。
今度こそ、Aさんは猫ちゃんに、その白いカビのはえたお米を預けてそそくさと帰ってきた。
猫ちゃんは、流石、優秀なシャーマンだけあって、村人Aさんの行動を他の村人Bさんはじめ多くの人に聞いて知っていた。そこで猫ちゃんは、引いても、足してもだめなものを掛けてみた。
白くカビたお米を一粒一粒ほぐしてバラバラにしてカビを増やしたのです。(米麹を作る)詳しく知りたい人は、それなりの本を読んでね。
( こっからは、法政大学の曽士才先生の苗族の酒文化の伝統からオイラのつごういいところだけ抜粋 )
先ずモチ米を蒸して箕(き)に移し、上からオウ・ガン・ヴィ(米を甑(こしき)で蒸したあと、大釜に残った水)をかける。発酵温度まで冷却したら麹を撒いてかき混ぜ、甕(かめ)に入れて発酵させる。甕に入れて三日たつ頃には甘くなる。旧暦の九月九日重陽の節句に仕込んだ酒が一番良く、甘味がいつまでたってもなくならないといわれている。酒が少なくなると、水を足して飲み続けることができる。酒液は乳白色で、口当たりがよい。
先生は、これを『 ミャオ(苗)語でジュー・ガン・ナンといい、甘い酒の意 』 甜酒(てんしゅ)というと書かれていました。
オイラは、かってに紀元前3000年頃には、中国にはまだ小麦が入ってきていないため米麹それもバラ麹が主流であったと考えます。
天甜酒(あまのたむざけ)に似ていると思うのはオイラだけ?かな。
今回は、これで終わり、次回に続く。
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